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文化と歴史

マルタ島留学前に知っておきたい、イギリスとの関係について

マルタとイギリスの関係について

マルタへの語学留学について調べていると、マルタはイギリスの影響を受けているので英語はイギリス英語、という情報をに見かけることがあります。

なんでイギリス?と思われる方や、イギリス英語と聞くけど実際はどうなの?思われている方も、きっといると思います。

マルタは、地中海の真ん中に浮かぶ島という絶好の立地であることから、その歴史は、支配、侵略の繰り返しで、長年の歴史の大部分を、他国や他民族に支配されてきました。

その支配の歴史に終止符を打ったのが、今から54年目。そして最後の宗主国だったのがイギリスでした。

今回はそんなマルタとイギリスとの関わり、そして今なお残る、イギリスの語学や文化の影響をご紹介したいと思います。

2か国の歴史上の関わり

マルタは1964年にイギリスから独立、1974年に共和制となり、現在のマルタ共和国となりました。

イギリスとの関りは、1798年にナポレオン率いるフランス軍が、マルタ騎士団からマルタを奪い、マルタを占領した際、マルタが助けを求めたのがイギリスでした。

それに応じてイギリス軍がフランス軍を追放したのち、国際会議でマルタがイギリス領と認められました。

その後1964年に独立するまでの150年間、マルタはイギリスの領土でした。

現在のマルタは完全に独立した国家ですが、英連邦の国家であるため、イギリスのロイヤルファミリー、特にエリザベス女王とも深い関係があります。

エリザベス女王は女王に即位する以前、まだフィリップ王配と新婚の頃に、3年間マルタで過ごしたことがあったり、結婚60周年のお祝いにマルタを訪れたりしています。

そのため、マルタ人はエリザベス女王をはじめとしたロイヤルファミリーを愛しているひとが多くいます。

車の運転も教育制度も基本英国に「右にならえ」

イギリスから独立している国ですので、当然イギリスを参考に作られたルールやシステムが多く存在します。

わかりやすいのが車の運転。

世界的に圧倒的に右側通行の国が多い中、マルタは日本と同じ左側通行です。

イギリスから独立をした英連邦の国は今も左側通行の国が多いようで、マルタもそれらの国のひとつとなっています。

また教育制度もイギリスの制度をモデルに作られていて、マルタでは5歳から16歳までが義務教育期間となっています。

通貨に料理にコンセント、マルタに溶け込んだイギリスの文化

マルタがEUに加盟して通貨をユーロに切り替える前、マルタではマルタリラという独自の通貨が使用されていました。

マーケット等に行くと、表記はLm10 (10リラ)のようにリラ表記で書かれているのですが、なぜか地元ではイギリスの通貨ポンドと同じように、10ポンドと呼ぶ方が多かったです。

そのため、リラは通称マルチーズポンドなんて呼ばれていました。

食事に関しては基本的にイギリスの影響はそれほど感じられませんが、クリスマスの時ドライフルーツがぎっしり詰まったイギリス発祥のミンスパイを食べる習慣がマルタにもあります。

クリスマスはマルタ人にとって非常に大事な宗教イベントになりますが、宗教的な部分での影響は特に受けていないのに、クリスマスの食事だけ一部習慣が残っているのも中々面白いです。

クリスマスの時期になりますと、ミンスパイが店頭に並びますので、留学中の方はぜひ一度お試しください。

その他にもヨーロッパの多くの国のコンセントがCタイプとなっていますが、マルタはBFタイプというイギリスと同じコンセントの形が主流です。

語学留学と合わせてヨーロッパを旅行する予定の方は、マルタに合わせてコンセントを買ってしまうと、イギリス、アイルランド等の英連邦の国以外ではコンセントの形が合わないため、マルチタイプを持っていくと便利かもしれません。

マルタとイギリスの関係のまとめ

以上簡単ではありましたが、イギリスとマルタについての紹介でした。

マルタにはイギリス以外にも様々な国の影響を垣間見れる場所や食事、文化が沢山あります。

日本人にはわかりづらいかもしれませんが、近隣諸国出身のクラスメイトでしたら、きっとこの部分は自分の国と似ているといったことが分かるでしょう。

是非マルタ留学中に、マルタに根付いている他国の文化を探してみてください!

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